ありったけニュース

最新の芸能ネタから時事ニュースなど様々な情報を提供していきます。

社会

橋下徹が政界を引退した理由とは?

投稿日:

Advertisements

全大阪市長の橋下徹(48)氏が26日、AbemaTV「橋下徹の即リプ!」(木曜後10時)の初回放送回に生出演しました。

世間の様々なツイートに直接リプライ(返信)するSNSを使った新しい討論番組です。放送開始前に”橋下徹に言いたいこと、聞きたいこと”を番組公式ツイッターで募集し、進行役のサバンナの高橋茂雄(41)さんとスタッフが、投稿されたツイートの中から、気になる”つぶやき”をピックアップして、橋下徹氏本人が返信しました。

冒頭は、ツイッター上で”日本維新の会の衆院選総括と党代表選が必要”と主張した丸山穂高氏(33)の話題になり、普段とは異なるくだけた文体で投稿したのに、橋下徹氏が激怒。丸山穂高氏の主張を認めた上で、「言い方が問題。一番苦労しているトップに一定敬意を表すべき」と問題点を明記して丸山穂高氏のアカウントにリプライしました。

そんな橋下徹氏が、政界を引退した理由についていろいろ調べてみました。

橋下徹プロフィール

  • 生年月日:1969年6月29日(48歳)
  • 出身地:東京都渋谷区
  • 出身校:早稲田大学政治経済学部経済学科
  • 前職:政治家
  • 所属政党:無所属→大阪維新の会→旧日本維新の会→維新の党→大阪維新の会→おおさか維新の会→日本維新の会
  • 称号:経済学士

橋下徹略歴

東京都渋谷区で生まれました。物心がつく前に父親は自殺、母親が苦労して家計を支え、小学5年のころ大阪府吹田市に引っ越し、1年後には大阪市東淀川区へ移り住みました。いずれも、手狭な府営住宅から地元の公立学校に通いました

早稲田大学政治経済学部経済学科に入学しました。 学生ビジネスで不渡手形をつかまされ、訴訟を起こすといった経験をきっかけに、法律家を目指すようになりました。早稲田大学政治経済学部を卒業した1994年に司法試験に合格しました。

司法修習を経て1997年に弁護士になった橋下は大阪の樺島法律事務所に入ります。1998年、大阪市内に自前の「橋下綜合法律事務所」を設立して独立しました。示談交渉による解決を看板にしました。飛び込み営業なども行い顧客を集め、弁護士としての主な担当業務は企業コンプライアンス、M&A、エンターテインメント法、スポーツビジネスなどです。

2003年4月から、久保田紀昭氏の後任として日本テレビ系全国ネットの『行列のできる法律相談所』にレギュラー出演するようになりました。同年7月には関西ローカルの『たかじん』(読売テレビ)でもレギュラーを務めました。

しばしばタレント・文化人批判や下ネタ発言をする一方、ワイドショーなどでは事故・事件・時事問題について自分の意見を強く述べていました。また、司法問題や法曹界全般、弁護士・裁判官の資質に至るまで幅広く批判していました。このため自身の発言で物議を醸すことも多かったです。

2007年12月12日、大笹府知事選挙に出馬することを表明しました。2008年1月27日投開票の大阪府知事選で183万2857票を獲得し当選しました。同年2月6日に大阪府知事に就任しました。

2008年2月6日の大阪府知事に就任した後は、事務所を法人化し別の弁護士が運営しました。芸能事務所タイタンと業務提携し、自身のタレントとしてのマネージメントを委託していました。また、同社の顧問弁護士も務めていました。

2010年4月、大阪維新の会代表に就任しました。2012年9月、日本維新の会代表に就任しました。同年11月、日本維新の会代表代行。2013年1月、日本維新の会共同代表に就任しました。

2011年11月、自らが掲げる大阪都構想などの政策実現を目的として、任期を3ヶ月余り残して大阪府知事を辞職、任期満了に伴う大阪市長選に立候補しました。40年ぶりとなる府知事選とのダブル選挙であることや、現職の平松邦夫氏(12月19日任期満了)との一騎打ちなどが注目されましたが、結果は750,813票と平松邦夫氏に20万票以上の差をつけて初当選しました。同年12月19日、第19代(公選制では9代目)大阪市長に就任しました。知事経験者が政令市長に就任したのは史上初でありました。

2015年8月27日、維新の党を辞任すると共に離党しました。同時に松井一郎氏も顧問を辞任・離党しました。ただし、両者ともに大阪維新の会の代表・幹事長は続けました。同年10月2日、国政政党・おおさか維新の会を結党し、初代代表に就任しました。同年12月12日、おおさか維新の会代表を引退し、法律政策顧問に就任しました

同年12月18日、大阪市長の任期を満了し、政界から引退しました。

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%8B%E4%B8%8B%E5%BE%B9

橋下徹が政界を引退した理由

橋下徹が実現したかった「大阪都構想」とは

大阪都構想は、大阪で検討されている統治機構改革の構想です。「大阪府」と「大阪市」(または大阪市と堺市)の統治機構(行政制度)を、現在の東京都が採用している「都区制度」というものに変更するという構想です。 すなわち、大阪都構想とは、

  • 大阪市(または大阪市と堺市)を廃止し
  • 複数の「特別区」に分割する
  • 同時にそれまで大阪市(または大阪市と堺市)が所持していた種々の財源・行政権を大阪府に譲渡
  • 残された財源・行政権を複数の「行政区」に分割する、

ということが記載された「特別区設置協議書」に沿った統治機構(行政制度)改革であります。ただし、東京市の改革の結果できた自治体は「東京都」と呼ばれるようになりましたが、同構想の結果できる自治体は、現在の法制度下では「大阪都」になることはなく、大阪府のままです。また「大阪府と大阪市を統合する」という枠組みという点から、「大阪府・大阪市合併」または「府市統合」ということもあります。

「大阪府構想」の概要とは

大阪府と大阪市によってそれぞれ行われてきた広域行政を一本化するとともに、「住民から遠い市役所から、『権限・責任』を住民に身近な区役所に移し、公選区・区議会のもと、地域のことを決定できるようにする」ことを実現させる為に掲げる構想であります。モデルとされたのは東京都、グレーター・ロンドンなどです。2010年に橋下徹が立ち上げた地域政党「大阪維新の会」は、この構想を党是ともいうべき最重要政策として掲げ、推進しました。大阪維新の会がとりまとめた同構想の最終案では、大阪市を分割して5つの特別区を設置するとされています。

この構想の目的は、政令指定都市の大阪市を廃止して、中核市程度の権限と財源を持ち、公選制の区長を置く特別区を設置し、旧市の行政機能・財源のうち、広域行政に関わる部分を「大阪都」に、地域行政に関わる部分を「特別区」に、それぞれ移譲・統合することであります。これにより、

  • 従来から議論となっていた「大阪府と大阪市の二重行政」の解消
  • 大阪都市圏というより広範な地域を対象とした行政ニーズへの対応
  • より小規模な自治体である特別区による、地域の実情に応じた小回りの利く地域サービスの実現

を達成しようというものでありました。

大阪維新の会の最終案では、大阪市に代わって設置される特別区の区議会議員の数は、大阪市議会議員の議員の数と同数とされ、議員の増員はされません。区議の報酬は市議の報酬額から3割減額する、とされていました。なお、最終案では大阪市地域にはそれぞれ区議会が設置されますが、大阪府議会では、定数削減後の88議席中27議席が配分されることとなり府議会全体の約31%を占めることとなります。

大都市地域特別区設置法に基づき法定協議会が設置され、2014年7月23日に同構想の設計書に当たる協定書が作成されましたが、2014年10月27日に、自民党・公明党・民主党・共産党の反対により、協定書は大阪府議会・大阪市議会にてにそれぞれ否決されました。

しかし、その後、公明党が「住民投票を行うことについては賛成する」として議会での承認について賛成に転じました。2015年1月13日、改めて開かれた法定協議会にて協定書が承認されました。そして、大阪市議会で3月13日に制度案を可決、大阪府議会でも3月17日、賛成多数で可決・承認されました

協定書が大阪市議会と大阪府議会で承認されたため、大阪市選挙管理委員会は、住民投票を2015年4月27日告示、5月17日投票の日程で行うことを決めました。住民投票の対象者は、該当区の住民基本台帳に記録されている日本国民で、20歳以上であり、2015年1月2日までに大阪市内へ転入し、その届出をした人です

5月17日の住民投票で同構想は、即日開票の結果、僅差であるが反対多数で否決され、廃案となりました。

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E9%83%BD%E6%A7%8B%E6%83%B3

橋下徹政界引退の理由とは

橋下徹氏が掲げていた「大阪都構想」。2015年5月に行われた「都構想」の賛否を問う住民投票で、

  • 反対70万5585票
  • 賛成69万4844票

僅差ではありますが反対多数となった結果を受け、橋下徹氏は公言どおり12月18日の市長任期満了に伴い政界引退しました。

記者会見では

「大阪都構想はやっぱり間違っていたということになるんでしょうね。」

としながら

「日本の民主主義のレベルアップには相当に役立ったと思う。」

とすがすがしい顔で締めくくった橋下徹氏。この「大阪都構想」の敗因分析で多く指摘されているのが、反対派で多数を占めたのは高齢者層という現象でした。

つまり、将来より今が大事な層、しがらみにとらわれがちな層には、「大阪都構想」や橋下徹氏のキャラクターの評判が悪かったことがマイナス要因になったとされています。

また、在任中は数人のSPに厳重に守られたり、反対派が自宅まで押しかけてきたりと、心労もあったのではないかと推測されています。

でも、敗因は何であれ、

7年半、自分なりにやれるところはやってきたつもり。38歳から無理してやってきたところもあるでしょうね。もともと自分のことで生きてきた人間が、ちょっと公の仕事でお返ししなきゃという気持ちで政治の道に入った。有権者の皆さんからすれば、おかしいじゃないか、やりすぎじゃないかということもいろいろあるけど、自分なりに悔いのない政治家としてのこれまでの7年半。思う存分やらさせてもらった。今日もこういう舞台で住民投票の結果で政治家を辞めることを言わせてもらうなんて、本当に納税者のみなさんに申し訳ないけど大変幸せな7年半だった。

と笑顔で語っているところを見ても、橋下徹氏ご本人がやれるだけやって、最終的には住民投票で「負け」という結果が出て、心からすがすがしい気持ちであったのは本当のところだったと思われます。何かを改革するには、今まであったものを守っていくより、想像以上の体力・精神力が必要となります。それを橋下徹氏がやってくれたのですから、もう、何年経っても、そういう人は出てこないかも?しれないですね。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

地上波ではいろいろ制限があるようですが、橋下徹氏のAbemaTV「橋下徹の即リプ!」では、のびのびと発言されており、お酒も交えながらのトークはいつもの橋本流でした。今後、私人として、どういう発言を飛ばしていくのでしょうか?毎週木曜22時が楽しみになりそうです。

Advertisements

-社会

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

鳩山幸と鳩山由紀夫の不倫から略奪婚は本当だった?

TBSテレビ系列で毎週金曜夜7時から放送中の「爆報! THEフライデー」。12月8日(金)のオンエアに登場したのは「総理を支えた妻」。就任当初の内閣支持率は72%と高かったが、19%にまで急降下した第 …

塾にも通わず東大法学部に合格した山口真由の勉強法とは?

東京大学法学部を首席で卒業後、「省庁の中の省庁」と呼ばれる財務省に入省。退官後はテレビ番組や本の執筆などにも取り組み、ベストセラーを出すなど注目度が増し続けている弁護士の山口真由さん。 そんな山口真由 …

安住紳一郎アナウンサーが寿退社に前向き?いまだに結婚できない理由とは?

TBSの安住紳一郎アナウンサー(45)が19日、パーソナリティーを務めるTBSラジオ「安住紳一郎 日曜天国」(日曜前10・00)に出演し、寿退社や復職制度を利用した育休について「一丁、やってやろうと思 …

ヒルドイドの効果とは?

健康保険法は会社員の医療制度について、国民健康保険はおもに自営業者やフリーランスの医療制度について定めたものです。いずれも、給付の対象は「病気、ケガ、出産、死亡」で、「美容や予防」のために健康保険を使 …

パラダイス文書が流出!米ロス商務長官のロシア疑惑とは?

米トランプ政権のウィルバー・ロス商務長官が、タックスヘイブン(租税回避地)にある複数の法人を介して、ロシアのプーチン大統領に近いガス会社との取引で利益を得ていたことが、朝日新聞が提携する国際調査報道ジ …

2018年10月
« 9月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

スポンサーリンク