ありったけニュース

最新の芸能ネタから時事ニュースなど様々な情報を提供していきます。

社会

前原誠司と小池百合子の密談の内容は?

投稿日:

Advertisements

民進党の前原誠司代表は27日の両院議員総会で、代表辞任の時期について30日の全国幹事長会議の議論を踏まえ、同日に改めて両院議員総会を開き、判断する意向を示しました。

即時辞任を求める参院議員らが反発し、会合は3時間以上紛糾しました。

今回の衆議院選挙において、希望の党と合流して、野党がまとまって打倒自民党だったはずが、蓋を開けたら、少数政党の乱立で、自民党に追い風なんか吹いてなかったのに、結果単独過半数を許す結果になってしまいました。

民進党の議員と一緒に希望の党で戦うはずだった前原誠司代表。小池百合子氏との話ではどうなっていたのでしょうか?

前原誠司プロフィール

  • 生年月日:1962年4月30日(55歳)
  • 出身地:京都府京都市
  • 出身校:京都大学法学部卒業
  • 所属政党:日本新党→民主の風→新党さきがけ→旧民主党→民主党→民進党
  • 商号:法学士(京都大学・1987年)

前原誠司略歴

少年時代

両親が山陰出身ということで、幼少時から夏には墓参り等で列車に乗って出かけていました。SLも走っていたため、自然に鉄道が好きになりました

中学時代

中学受験では、奈良の東大寺学園中学校と、姉も通う京都教育付属中に合格しました。本人は東大寺学園に進学希望だったといいますが、家計の事情で私立より公立を望む母親の意向や、男子校よりも共学校に進学させたいという希望もあり京都教育大附属中に進学しました。

中学2年の時、京都家裁の総務課庶務係長だった父が自殺したため、母親は勤めに出ることとなり、母子家庭で苦労したといいます。部活は、バスケットボール部に所属していました

高校時代

京都教育大付属高1年から大学を卒業するまで奨学金を受けながら勉強しています。高校時代は野球部に所属していました

大学時代

一浪の末、京都大学法学部に入学後は、学費・生活費捻出のため、バスの添乗員から魚の卸売市場、喫茶店のウエーター、塾の講師等、ほとんど寝ないで働きつつ、高坂正尭の下で国際政治学を学びました。

松下政経塾時代

1987年、松下政経塾へ第8期生として入塾しました。

京都府議会議員

1991年4月、松下政経塾を卒塾し、被選挙権を得た最初の京都府議会議員選挙(左京区選出)に立候補し、後に同じ京都出身の衆議院議員となる北神圭朗氏ら学生ボランティアの支援により府議会史上最年少の28歳で初当選し、厚生労働、環境対策委員、文教委員を歴任しました。

1993年第40回衆議院議員総選挙で京都1区において日本新党公認新党さきがけ推薦でに立候補して初当選し、その後国会議員として活躍していきます。

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E5%8E%9F%E8%AA%A0%E5%8F%B8

小池百合子プロフィール

  • 生年月日:1952年7月15日(65歳)
  • 出身校:兵庫県芦屋市
  • 出身校:関西学院大学社会学部中退 カイロ大学文学部社会学科卒業
  • 前職:ニュースキャスター アラビア語通訳
  • 現職:地方自治体首長、政党専従
  • 所属政党:日本新党→新進党→自由党→保守党→保守クラブ→自由民主党→都民ファーストの会→希望の党
  • 称号:社会学士(カイロ大学・1976年)

小池都知事略歴

芦屋市立岩園小学校、甲南女子中学校を経て、甲南女子高等学校を卒業しました。在学中は、テニス部・ソフトボール部、ESSに所属しました。高校在学中、神戸市で貿易商を営んでいた実父が石原慎太郎氏による将来的な新党結成を見据えた「日本の新しい世代の会」の推薦を受けて、1969年12月に実施された第32回衆議院議員総選挙に旧兵庫2区から無所属で立候補したが落選しています。実母は赤穂(赤穂市)の塩田地主であった小川家の出身でした。

甲南女子高校卒業後に関西学院大学社会学部に入学するものの、父親の会社の都合で家族が東京・六本木に引っ越しました。「国際連合の公用語にアラビア語が加わる旨を伝える新聞記事をきっかけに、アラビア語通訳を目指すことにし、1971年9月に大学を中退して父親の貿易先でもあったエジプトへ留学しました。

カイロ大学卒業後はアラビア語の通訳として活動していました。

1979年から1985年まで、日本テレビ『竹村健一の世相講談』でアシスタントキャスターを務めました。NHK『海外ウィークリー』の幸田シャーミンさんや野中ともよさん、テレ朝『BIG NEWS SHOW いま世界は』の安藤裕子さんより1年早いデビューで、元々フリーから出発した女性キャスターとしては草分け的存在でした。

その後、1988年よりテレビ東京『ワールドビジネスサテライト』初代メインキャスターを務めました

2016年、東京都知事選に立候補する意思を表明し、当初は自民党東京都連に推薦を依頼しましたが、「東京の改革のために覚悟を持って臨みたい」として無所属での出馬を宣言して推薦を取り下げ、自民党に進退伺を提出しました。自民党は小池百合子氏を応援した者の処分などを通達しましたが、選挙戦では前任の舛添要一氏や東京都議会の自民党会派の体質などを批判しました。投票の結果、2位以下の候補を大きく引き離す291万2628票を獲得し、女性としては初めて東京都知事に当選しました。

2016年9月20日、小池百合子氏を支援する政治団体として『都民ファーストの会』が発足しました。2017年1月23日には小池百合子氏系の議員による地域政党となりました。2017年の東京都議会議員選挙においては小池百合子氏が主催する政治塾『希望の塾』の塾生などを擁立し、選挙の結果、都議会で小池百合子氏系の勢力が過半数を占めました。

都議選後、すぐに党の代表を辞任したため、選挙だけが目的の食い逃げと批判されました

2017年9月25日、自らが代表となる新党「希望の党」の結成を発表し、同日に総務大臣あてに「希望の党」の設立を届け出て受理されました。

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B1%A0%E7%99%BE%E5%90%88%E5%AD%90

前原誠司の希望の党と合流は「賭け」?

民進党の前原誠司代表は25日の講演で、希望の党(小池百合子代表)との合流に関して

「ある意味、賭けのようなものだった。みんなで合流したいと思っていたが、約束を守れなかった」

と述べました。自身が主導した合流について「詰め」が十分でなかったことを認めた発言になります。そのため、民進党に残っている参院議員らの批判が集中しそうです。

また、前原誠司氏は

「(選挙区で)一対一の構図に持ち込みたかったが、結果として野党は分裂してしまった。私自身の力不足だった」

と釈明しました。

基本的に民進党員を全員受け入れるという約束で希望の党と合流したはずですし、最終的には、前原誠司氏さんからすると、小池百合子氏に選挙に出て戦って欲しかった、と思います。その辺りの話合いの双方の解釈のズレが最後までぬぐえない感じがしました。

前原誠司と小池百合子の極秘会談の内容とは?

民進党の希望の党への“合流”を巡るゴタゴタに至る前に何があったのでしょうか。

追い風が止まった瞬間

そのカギは、小池百合子東京都知事と前原誠司民進党代表の「極秘会談」にあると思われます。その内容は二人だけにしか分からない内容ですが、2人のどちらかが騙したのか、あるいは騙されたのか、またまた解釈の誤解なのか、いまだ不透明なままです。

「私はこの際、寛容な心で仲間を受け入れて、ともに戦っていきたいということを確認しました」

希望の党の小池百合子代表は10月5日、前原誠司民進党代表と改めて総選挙への取り組みなどについて会談した後、記者団にそう語りました。

希望の党の公認作業の過程で、小池百合子氏は

「(民進党を)丸ごと受け入れるなどサラサラない!」「排除します」

といった“上から目線”の発言したことにより、民進党の議員らを怒らせ、野党再編にブレーキをかけることになったのは承知の事実です。反安倍政権の受け皿として「希望の党」に追い風は確かに吹いていたはず、なのですが、この辺りから、風は止まってしまいます。

その「サラサラ発言」は有権者をシラケさせ、マスコミ各社の世論調査でも希望の党の支持は、自民党にトリプル以上の差をつけられることになりました。

さらに野党の分裂

それだけではありません。小池百合子氏が「憲法改正」「安保法制への賛成」を踏み絵として掲げたことで、枝野幸男民進党代表代行らのいわゆるリベラル派が立憲民主党を結党し、民進党は完全に分裂しました。

少人数の野党が乱立しても、今の選挙制度では勝てないのは、議員の皆さんがご存知のはずでしたが、どこでボタンをかけ間違えたのか、もう、分裂は止められない状況でした。

小池百合子の「排除」の言葉の意味とは?

小池百合子氏の戦略

今回の合流について、9月26日から重ねていた「小池・前原極秘会談」。2人の間で一体、何を共有していたのでしょうか?

小池氏が、『排除』といった大げさな言葉をなぜ使ったのでしょうか?

ある種の高揚感があったかもしれないし、以前小泉政権時の成功体験があって、敢えてそういう厳しい言葉を選んだのかもしれません。

いずれにせよ、小池百合子氏は功を奏すると思い使用したものと思わますが、結果は真逆の方に出てしまった、ということなのでしょう。

その発言に対し、前原誠司代表はどう思っていたのでしょうか?

前原誠司の思い

小池百合子氏が「排除の論理」を振りかざし、公認作業で希望の党候補を優先させていることが判明した10月2日。野党4党の結集に尽力してきた市民グループ・有識者のメンバーが前原誠司氏と直接話しをしました。

このメンバーが

「小池氏の姿勢は間違っている。希望の党は安保を踏み絵にした。交渉のテーブルを蹴って引き返すべき」

と前原誠司氏に話すと、彼はこう返答しました。

「自分のやり方は間違っていない。安倍政権を倒すために大きな固まりになるしかない。心配しなくても、(民進党の)200人を何とか(公認)するように持っていける。むしろ、出て行こうとする枝野さんたちを説得してくれないか」

「前原氏は驚くほど自信を持っていた。逆に言うと視野狭窄(きょうさく)に陥ったかもしれない。確かに合流話は英断だが、民進党に有利になるように、もっとしたたかに交渉できたはずだ。結局、合流への交渉は小池ペースになってしまった」

結局、小池百合子氏は首相の座が見えてきたことで主導権を握ることを優先し、前原誠司氏は大英断を下した、という過信がありました。交渉は2人だけでなく、それぞれの側近や有識者なども交えて決めていけば、こういう事態にならなかったのかもしれません。

まとめ

選挙で安倍政権を倒し、政権選択選挙であると声高らかに宣言していた「希望の党」の小池百合子氏。追い風にのっていた「希望の党」に全員連れて合流したかった前原誠司氏。細かくみれば、政策の相違なんてあって当たり前です。そこをどう処理するのか、寛容に、という言葉の意味はなんだったのか・・・。また、選挙で一丸となって戦っていく場合、しかも今回のように誰を総理大臣にしますか?という選挙の場合に、選挙の結果を見てから考えます、なんて、説得力がないんです。それなら、結果論ですが選挙に出たらよかった、前原誠司氏もそれを強く望んでいました。いくつものかけ間違えが、前原誠司氏にとっては、民進党代表辞任につながっていってしまいました。

民進党の次の代表はどなたになるのでしょうか?代表辞任の日程は改めて30日に発表の予定だということです。

Advertisements

-社会

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

コンビニが保育園を運営して人手不足を解消。

コンビニ業界で人出不足が深刻となる中、最大手「セブンーイレブン・ジャパン」は、子育て中の女性などの雇用を増やそうと、東京都大田区の店舗の2階に保育園を設置しました。 29日、セブンーイレブンが公開した …

三原じゅん子の公私混同で法令違反?

衆院選で圧勝した自民党ですが、その“顔”として応援に走り回ったのが、三原じゅん子・参議院議員(53)でした。 しかし、その彼女、裏では24歳年下・若夫との「新婚生活」に首ったけのようです。党内からも呆 …

池上彰の選挙特番「池上無双」がウケる理由とは?

ジャーナリストの池上彰(67)さんが、22日放送の「池上彰の総選挙ライブ」(テレビ東京系)で衆院選開票特番で民放トップの視聴率9.8%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)をマークして”池上無双”を見せつけ …

三宅正治アナウンサーの病気「急性胆管炎」とはどんな病気?

急性胆管炎のため休養していたフジテレビの三宅正治アナウンサー(55)が11日、キャスターを務める同局「めざましテレビ」(月~金前5・25)番組復帰を果たしました。 番組冒頭で三宅アナは「おはようござい …

てるみくらぶの悪質な詐欺の手口とは?

銀行から融資金をだまし取ったとして、警視庁は8日、経営破綻した格安旅行会社「てるみくらぶ」の社長ら2人が逮捕されました。 捜査関係者によると、今年3月に経営破綻した格安旅行会社「てるみくらぶ」の山田千 …

2018年10月
« 9月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

スポンサーリンク