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フリーアナウンサー丸岡いずみと映画コメンテーター有村崑の馴れ初めは?

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フリーアナウンサーの丸岡いずみさん(46)さんが、夫で映画コメンテーターの有村昆(41)さんとの間にロシアの代理母出産で第1子となる3400グラムの男児をもうけていたことが22日分かりました。今月3日、ロシアの病院で誕生しました。

そんな丸岡いずみさんと有村崑さんの馴れ初めについて調べてみました。

丸岡いずみプロフィール

  • 生年月日:1971年8月6日(46歳)
  • 出身地:徳島県美馬市
  • 血液型:O型
  • 所属事務所:ホリプロ
  • 配偶者:有村崑

丸岡いずみ略歴

徳島県美馬市出身。徳島県立脇町高等学校、関西学院大学文学部日本文学科(文学士)卒業。早稲田大学大学院人間科学研究科(修士(実践人間科学))修了。

元北海道文化放送アナウンサー、元セント・フォース所属フリーキャスター、元日本テレビ報道記者兼キャスター。『真相報道 バンキシャ!』時代はアシスタント・プロデューサーも兼務。

『情報ライブミヤネ屋』では、14:55頃のニュースコーナーに出演。番組司会者である、宮根誠司から「奇跡の38歳」と呼ばれた。

1994年4月 – 北海道文化放送にアナウンサーとして入社。

1999年9月 – 北海道文化放送退社。

1999年10月 – セント・フォース所属のフリーキャスターとなり、CS放送・NNN24のフィールドキャスターを担当。

2001年4月 – 日本テレビ報道局に中途入社。報道記者として社会部遊軍記者となる。

2001年12月 – 日本テレビ報道局社会部記者、警視庁記者クラブで捜査1課・3課を担当。

2008年3月26日 – 早稲田大学大学院人間科学研究科(修士(実践人間科学))修了。

2010年3月29日 – 『news every.』キャスターに就任。

2011年8月30日 – 体調不良のため長期休養に入る。

2011年9月30日 – 『news every.』を降板し、治療に専念することが発表された。

2012年8月28日 – 映画コメンテーターの有村昆と結婚

2012年9月30日 – 日本テレビ退社

2013年1月19日 – 結婚に伴う挙式披露宴

2013年7月 – ホリプロに移籍。芸能活動再開。

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B8%E5%B2%A1%E3%81%84%E3%81%9A%E3%81%BF

丸岡いずみが代理母出産でママに

丸岡いずみさんと有村昆さんは、2012年8月に結婚しました。程なくして自然妊娠したものの、10週目で流産してしまいます。その後、体外受精による不妊治療を始め、受精卵を子宮内に戻したところ、再度妊娠したものの、やはり流産しています。子宮内膜が薄いことによる「不育症」の疑いが生じたため、投薬治療を続けていたが、副作用が強かったことなどから、代理母出産を考えるようになりました。丸岡いずみさんは結婚前に東日本大震災の現地取材で「震災うつ」を患っていたことを後に告白しましたが、治療時は、その時に近い体調だったといいます。

当初は代理母出産が普及している米国での出産を計画したものの、代理母を見付けることができず、最終的にはロシアの代理母に依頼しました。16年冬に凍結保存した受精卵をロシアに運び、無事、出産となり、丸岡いずみさんは現地で夫婦そろって赤ん坊と対面しました。丸岡いずみさんは「自分たちのDNAを引き継いだ子どもがどうしても欲しかった」といい、「子どもが成長する過程でどんな状況が待っていようと、しっかり向き合っていこうと思います」と話しています。

丸岡いずみさんは23日、ブログを更新し、「この度、私たち夫婦の凍結受精卵を用いた海外での代理母出産で2018年1月3日(現地時間)に3400グラムの元気な男の子が生まれました」と報告しました。

結婚した12年から不妊治療を続け、2度の流産を乗り越えての出産でした。「我が子に対面した時の感動は言葉では言い表せないほどのもので、夫と共に大泣きしてしまいました」と振り返り、「今後は、精一杯の愛情を注ぎながら 母親としてまた人として子供と共に自分自身も成長していければと考えています」との思いをつづりました。

有村昆さんも同日更新したブログで、「無事に生まれてきてくれた夜は感動で眠ることができませんでした。これからも妻と支え合いながら、親子3人でたくさんの思い出を作っていきたいと思っています」とつづり、「代理母出産に関しては様々なご意見があると思いますが、これからも私たち親子3人を温かく見守って頂ければ幸いです」と呼びかけました。

丸岡いずみの壮絶うつ病

日本テレビの「ミヤネ屋」に出演し、司会の宮根誠司さんとの軽妙なやり取りで遅咲きのブレイクを果たした丸岡いずみさんは、いつしか画面から遠ざかっていました。2011年8月の放送を最後に、体調不良を理由に休養しました。徳島県北西部の実家で「うつ病」の治療に専念しています。

そんな日々をつづった告白本が2013年9月20日に出版されました。タイトルは「仕事休んでうつ地獄に行ってきた」(主婦と生活社)と生々しく、時間とともに症状が悪化してゆく様子が記されています。例えば、

11年8月中旬、パタリと眠れなくなる。下痢もひどい。なんかおかしい、と心療内科へ。処方された睡眠導入剤は怖くて飲めなかった

8月29日、自分が何を話しているのかわからなくなる。山、川といった文字にもルビを振らないと、怖くて原稿を読めなかった

丸岡いずみさんが発症するきっかけとなったのは「東日本大震災」でした。報道キャスターとして凄惨な現地を飛び回るうち、頭に発疹ができるほどのダメージを受けます。PTSD(心的外傷後ストレス障害)予防のための研修も受けていましたが、海上自衛隊の護衛艦に乗船して目の当たりにした「無数の水死体」には効果はなかったのです。

「人の不幸を報道してきたことの報いで苦しんでいる」

丸岡いずみさんはのちに、当時の仕事について、そんな自責の念を持ってしまいました。震災から約半年後に休業しましたが、マスコミの目や日テレ社内での“冷たい仕打ち”も丸岡いずみさんを苦しめたといいます。

「まだ正式に退社していないうちから、報道局にあった丸岡のデスクには別の者が座って仕事をしていた。地方の局アナから日テレの報道局採用で入社し、さらには報道番組のメインキャスターにまで出世したから嫉妬も多かったようです」(日テレ関係者)

そんな気配を感じたのか、丸岡いずみさんは帰省に至った理由をこう明かしました。

〈このまま東京にいたら「飛び降り」「飛びこみ」しそうで怖かった‥‥〉

ただし、帰省を決意したものの、飛行機に乗るのも一苦労だったようです。

〈徳島まで1時間のフライトは悶絶の時間。外に飛び出したくて仕方なかった〉

そして母親からの毒殺を疑うまで症状が悪化してしまいます。本格的な強制入院と、のちに夫となる映画コメンテーター・有村昆氏の励ましでようやく“生還”に至ったのです。

「今、うつ病で苦しんでいる方、周りでサポートしている方へのヒントになるんじゃないか」

今回、出版に至ったのは、夫のそんなアドバイスからであったようです。そして丸岡いずみさんも、凄絶な過去と向き合った理由をこう語りました。

「患者本人が書いた本はなかなかない。乗り越え方についても共感していただけるのでは」

なかなかうつ病の症状が深刻だったことが伺い知れます。丸岡いずみさんが休養していて、しばらく経って報道されたのが、有村崑さんとの結婚だったので、その当時はちょっと驚いた感じがしました。表舞台に立っていない間に、うつ病の壮絶な症状と戦っていたのですね。そしてその中で、有村崑さんという素敵な方と出会え、うつ病から解放されたんですね。その時の二人で乗り越えたの絆みたいなものが、今回の代理母出産で、丸岡いずみさんが

「自分たちのDNAを引き継いだ子どもがどうしても欲しかった」

と答えている気持ちに繋がっているんだなぁと個人的には感じてしまいました。

そんなお二人の馴れ初めをみてみましょう。

丸岡いずみと有村崑の馴れ初め

丸岡いずみさんは北海道の局アナから、キー局の看板ニュースキャスターへと転身し、「情報ライブ ミヤネ屋」「news every.」などの出演で人気を集めていました。しかし、そんな順風満帆だったキャリアは、東日本大震災を境に大きく変ぼうを遂げたのです。震災発生直後に陸前高田市に取材に入った丸岡いずみさんは、悲惨な現場を目の当たりにしたことをきっかけに、うつ病を発症してしまいます。番組を降板し、故郷の徳島県で「死にたい」という思いにとらわれる日々を過ごしていたといいます。

丸岡いずみと有村崑の馴れ初め

有村昆さんは、スポーツジムで走っているときに、モニターに映っていた読売テレビの情報番組「情報ライブ ミヤネ屋」でアナウンサーとして活躍していた丸岡いずみさんに一目惚れをしたそうです。

その後、共通の知人がいることが判明し、頼み込んで男女3人づつの食事会を計画してもらい、そこから猛アプローチをしたそうです。かなり積極的ですね。

その頃はちょうと丸岡いずみさんがうつ病の入り口の辺りで、自分で自分を支えているのが精一杯の時でした。丸岡いずみさんの、有村崑さんの第一印象は「この人誰?」という怪訝な感じが、「ノリのいい楽しい人」と印象も変わり、食事会の帰りの電車の中で連絡先の交換をしたそうです。おそらく、もうその時は有村崑さんも何かしら感じ取っていたのかもしれませんが、自宅から離れた場所でお別れしたりという紳士的な対応だったそうです。

そんな有村昆さんは、マレーシア生まれの日本のラジオパーソナリティ、映画評論家、映画コメンテーターです。2010年頃から、お坊ちゃま育ちであることを武器として、バラエティ番組などにも出演していました。

有村崑のサポート

その後の初デートの砧公園も、2回目のデートの箱根も、丸岡いずみさんの精神的なケアの為でした。そして、本格的に仕事を休業しなければいけないくらいの状態になってしまいます。そんな状況を支えたのが、後に夫となる有村昆さんでした。「彼からは毎日のように励ましの言葉をかけてもらった」という丸岡いずみさんは「特にうつ病の方が困るのは、心配しています、今すぐ連絡をくださいと言われること。でも連絡ができないからこそうつ病なんです。せかされると焦ってしまうけど、有村は連絡ができないのはわかっているから、メールは返さなくていいと言ってくれました」と述懐しました。

丸岡いずみさんが医者以外に自分の気持ちを伝え始めたのは有村崑さんでした。うつ病患者の心の叫びを医者以外の人に伝えるのは大変治療に効果があるようです。毎日接している内に、有村崑さんは

「うつ病を乗り越えようと思わなくてもいいんじゃないの」という言葉で目から鱗が落ち「うつ病と上手に付き合っていけばいい」と思うようになってから、回復に向かっていったようです。その間、有村崑さんは、丸岡いずみさんの病気が回復するように50箇所以上の神社をお参りしていたそうです。本当に優しい方ですね。

そんな状況の中で有村昆さんは、メールを送ったり、徳島に会いに行ったりしていました。徳島の空港からレンタカーに乗ってきた有村崑さんんと美術館や温泉へ行ったりした丸岡いずみさん。様々な会話中で、心から信頼できる仲へと発展していきました。そして、いつの間にか「友達以上の特別な存在」になり、1年間の遠距離恋愛を経て、結婚を意識し始めたようです。

丸岡いずみと有村崑の結婚

プロポーズの言葉は「僕はあなたを幸せにする自信はないけれど、僕が幸せになる自信はあります。結婚してください」という言葉だったそうです。普通は、僕はあなたを幸せにする自信があります!って嘘でも言うと思いますが、それが逆に有村崑さんらしさというか、優しさなのか・・・「とにかく面倒は僕が見るからね」と言い続けてくれたようです。

丸岡いずみさんは自分が具合が悪い時に、一緒にいたいと思える人と結婚したいと思っていたようで、これが決めてとなり結婚をしたといいます。

2012年8月に結婚した映画コメンテーターの有村昆さんと丸岡いずみさんが、2013年1月19日、東京・恵比寿ガーデンプレイスにあるウェスティンホテル東京で挙式しました。披露宴前にツーショット会見を開き、日本テレビ退社後初の公の場となった丸岡いずみさんは「人の結婚式を伝えてきて、自分がやっているのが信じられない気持ちだった」と笑顔でした。「やっと夫婦になれたとホッとしました」と笑顔をみせました。

2012年4月から交際がスタートし8月28日に入籍したというスピード婚。有村昆さんは、丸岡いずいさんが震災うつを発症していたことに触れ「去年の1月くらいは彼女の人生もどん底だった。毎日電話やメールで話させてもらった」と振り返り「イチから僕らで幸せをつかんでいこうと真っ白な爽やかな気持ち。丸岡監督作品か、僕が監督で彼女が主演女優か分からないけど、僕らの人生という映画を作って行きたい」と強く誓っていました。

それに対して丸岡いずみさんは「(有村の部屋に)うつの本がいっぱいあって、私の病気を勉強してくれたんだなと愛を感じました」。「彼となら…病気や苦しい時に隣にいたい人と結婚したいと思っていた。彼はまさにそうだった。どんなことがあっても一緒に歩いていけるなと確信しました」と幸せいっぱいに微笑んでいました。

普段「いずみん」「こんちゃん」と呼び合うというお2人ですが、丸岡いずみさんは有村昆さんへの不満について「いびきがすごい。結婚式が終わったらいびき外来に連れて行きたい。眠れない。そこだけは勘弁して」と苦笑。寝室も「実は別です」と明かすと有村昆さんは「治して一緒に寝ようという作戦です」とニヤけました。子供は「多くの皆様が関わってるので(披露宴が)終わってからにしようと。今調整中です。一人は欲しいので頑張りましょう」と丸岡いずみさんに呼びかけました。この時からやはりお子さんは欲しかったようですね。

丸岡いずみさんは『ローマの休日』風の白いウエディングドレス、有村昆さんは『美女と野獣』の王子様をイメージしたミリタリー調で有村が大ファンというマイケル・ジャクソンをミックスした衣装で登場しました。挙式・披露宴で着用する衣装はすべてデザイナー・桂由美さんがプロデュースしています。結婚指輪は2人でデザインしたもので有村昆さんいわく「映画に例えると『ロード・オブ・ザ・リング』の主演女優のギャラくらい」。購入は「親の援助なしで!」と強調し笑わせていました。

また有村昆さんはご自身で作詞作曲を手掛けた「奇跡の花嫁」という曲を丸岡いずみさんのために歌唱しました。司会は『ミヤネ屋』で丸岡いずみさんと共演した宮根誠司さんが務め、徳光和夫さん、林家木久蔵さん、藤岡弘、さん、関根勤さんなど著名人を含めた192人が出席しました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

丸岡いずみさんと有村崑さんの馴れ初めについて調べてみました。丸岡いずみさんの状態がどん底の時に知り合ってから、有村崑さんはずっと彼女の支えになっているようです。そんなお二人の待望のお子さんということで、ますますおしどり夫婦が加速していきそうですね。不倫のニュースが多いなか、ご夫婦が仲が良いというニュースはホッとします。

今後の丸岡いずみさんと有村崑さんの活躍に注目です。

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