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シノラーを生み出した篠原ともえが大人の女性へイメージチェンジした理由とは?

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明るく個性的なキャラクターと原色を主とした独自のファッションが人気となり、1990年代後半のティーンに多くの「シノラー」を生み出した篠原ともえさん。歌手、女優、ファッションデザイナーなどなど多くの顔を持ち、39歳になった今でも新しいことにチャレンジし続けています。

そんな篠原ともえさんが大人の女性へイメージチェンジした理由を調べてみました。

篠原ともえプロフィール

  • 本名:篠原 友恵
  • 生年月日:1979年3月29日(39歳)
  • 出身地:東京都青梅市
  • 職業:女優、歌手、デザイナー
  • 担当楽器:ギター、ベース、ハーモニカ、サンプラー
  • 所属事務所:古舘プロジェクト

篠原ともえ略歴

10歳の頃からデザインに興味を持ち、人形の服や小物を自作するようになる。幼少時は大人しい性格だったが、小学4年の時にバレエを始めたのを機に明るい性格に変わる。中学1年の時に軽音楽部でバンドを始め(ギター兼ボーカル担当)、中学3年の夏休みにソニー歌手オーディションに合格し、新人開発部に所属。デビューに向けてボイストレーニングのレッスンを受ける。

1995年春、ソニーのラジカセ「Dr.CHANGER」のCMの企画を持ってきたディレクターに見出され、石野卓球プロデュースにより同年7月1日に「篠原ともえ+石野卓球」名義のシングル「チャイム」でデビュー。

1996年、フジテレビ『HEY!HEY!HEY!』でのダウンタウンへの機転の利いた傍若無人ぶりやレギュラー出演の『LOVE LOVE あいしてる』ゲストの楽屋襲撃コーナー「篠原ともえのプリプリプリティ!!」で人懐こいハイテンションなキャラクターで人気を得ると、数々のバラエティ番組でひっぱりだこになる。

同年4-6月、ドラマ『FiVE』で連続ドラマ初出演。同年8月には映画『デボラがライバル』で銀幕デビュー。

1998年、初のバラードシングル「ココロノウサギ」を発表。エステティックサロン・たかの友梨のTVCMとして本人も出演している。前年からCMで共演していたユースケ・サンタマリアとのユニット「カロゴンズ」として2枚のシングルを発表。同年8月発表のアルバム『MEGAPHONE SPEAKS』からはセルフ・プロデュースのもと、作曲を始める。

 

2002年、後にこの体験が自分の大きなターニングポイントとなったと話す、初めてのストレートプレイ舞台・第九回竹中直人の会『月光のつゝしみ』に出演する。同年So-netによるインターネットコンテンツ「Happy Store」では日本初の生中継でのレギュラーパーソナリティを務め話題となった

2004年から2008年までキッズステーションの教育番組『モンすたージオ』で歌のお姉さんとして出演の他、本人のコスチューム製作を担当し本人作詞・作曲による楽曲提供も行う。

2005年、アニメ『こどものおもちゃ』がフランスのテレビ局でも放送され、篠原が歌っていた後期OP曲「ウルトラリラックス」にも注目が集まり、クラブで頻繁にプレイされるなどヨーロッパで注目を集める。そのため、篠原は2005年11月、2006年3月・6月に渡仏、パリでライブを行なっている。

2004年、アストリッド・リンドグレーンの童話『長くつ下のピッピ』原作のミュージカル『ピッピ』の主演をつとめ、2006年には全国5ヵ所(東京、神奈川、愛知、大阪、福岡)で再公演された。以後、積極的に舞台に出演。ミュージカル『ブラッドブラザーズ』(リンダ役)、音楽劇『ファウスト』(マルガレーテ役)、白井晃演出『三文オペラ』(ポリー役)など、様々な作品のヒロインとして抜擢された。 2008年には イッセー尾形の舞台『びーめん生活』に出演。同年蜷川幸雄演出『表裏源内蛙合戦』では妖艶な花魁を演じた。

2009年、布一面に描いたイラストをその場でカットして即興の服を作るイベントを主催。また同年からはNHK教育テレビの幼児番組『みいつけた!』においてレグ役を務め、2010年からは『みいつけた!さん』にも出演、『レグ・レグ・アイドル』や『フルーツバスケット』を歌っている。

2011年、NYジャパンソサイティ主催の特設ステージにてバンドヒカシューと共にニューヨークでのライブに出演。この年、自身初のロックフェス『ライジング・サン・ロックフェスティバル』に出演し、同夏、デビュー時まで在住した東京都青梅市でのライブを開催し、衣裳製作・総合演出も手がけた

2013年5月に芸能事務所古舘プロジェクトに移籍。全国公開予定のことでん100周年記念作品『猫と電車』では映画主演。オープニング・挿入歌・エンディングテーマ曲は自身製作のアルバム『-:*Better*:-』から楽曲が起用されている。同年、松任谷正隆のラジオ出演をきっかけに松任谷由実のコンサート『POP CLASSICO』の衣装デザイナーに抜擢。全6着の衣装と共に全メンバーのスタイリング等も手がけた。同年から日本テレビ放送網のPON!の曜日パネラーとしてレギュラー出演を開始した他、さまざまなテレビ番組でのゲスト出演が増え「再ブレイク」と報じられた

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%A0%E5%8E%9F%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%88

シノラーから大人の女性へイメージチェンジした理由とは?

篠原ともえは、電気グルーヴの石野卓球がプロデュースしたシングル『チャイム』(篠原ともえ+石野卓球)で1995年7月にデビューし、1990年代後半に“シノラー”ブームを巻き起こしました。

個性的な篠原ともえさんのファッションを模倣するティーンエイジャーの女性が数多く現れ、一種のファッションリーダーと化していました。「~ですぅ」「キャッキャッ」といった言葉使いや仕草が特徴で、篠原ともえさんのファンやファッションを取り入れた人々を、安室奈美恵の“アムラー”に対して“シノラー”と呼ぶようになったのです。

ファンを多く抱え、子供や女の子だけにとどまらず男女・年齢問わず男シノラーや親父シノラーが登場するなど社会現象となるほどの人気ぶりでした。

篠原ともえの泥酔騒動とは?

篠原ともえさんがメディアの第一線から退くきっかけとなったのは、2001年に起こった泥酔騒動だと言われています。台湾の新聞には「深夜にホテルで大騒ぎ」「常軌を逸した行動」「裸同然の姿でホテルを抜け出し」といった驚くような見出しが並んでいました。

結局8本の仕事をキャンセルし、一昼夜を病院で過ごした篠原ともえさんは帰国し、羽田空港で緊急会見を開きました。緊急帰国後の釈明会見で、篠原ともえさんは、「酔っ払ってなんかいませ~ん。みんなウソですぅ~」「廊下で“早く日本に帰りた~い”と何度もいっただけ」と釈明しました。過密日程でストレスがたまり、病院で「急性ストレス反応」と診断され、入院したなどと、“泥酔騒動”を完全否定したのでした。

同年7月にも体調不良でイベントを欠席し、3月に『LOVE LOVEあいしてる』が最終回を迎えたことも相まって、これらを機に地上波テレビ番組での露出が減少していきました。一気に彼女の人気もダウンし、それ以降、テレビなどで姿を見なくなりました。

一方で芸能活動は継続しており、舞台を中心とした活動を続けていました。また、篠原ともえさんは1995年、16歳でデビュー以来、個性的なファッションで注目されていましたが、裁縫の技術を学ぶために、98年には文化女子大学短期大学部の服装学科に進学し、本格的なファッションの基礎を身につけたのでした。

主に年1本ペースの舞台や年数本のナレーションやりながら、ファッションデザイナーとしての才能を開花していったのです。近年のライブ衣装・アクセサリーやステージ装飾などは、デザイン・縫製まで自身で行っています。篠原ともえさんのデザインした衣装で話題を呼んでいるのが、松任谷由実さんのコンサート衣装です。ユーミンさんの2013年から2014年にかけての全国ライブツアーで、篠原ともえさんが衣装デザインを担当したのです。

インパクトの強さはありつつも、スタイリッシュさも際立つようなデザインで、篠原ともえさんがデザインした松任谷由実さんの衣装には、女優の桃井かおりさんも大絶賛しています。

シノラーから大人の女性へイメージチェンジした理由とは?

“イメチェン”と評されるほど、当時とは異なる落ち着いた大人の装いで芸能以外の分野でも精力的に活動する篠原ともえさん。篠原ともえさんご自身の中では『イメチェンしていこう!』っていう瞬間はなかったようです。レギュラー番組の終了を機に活動の幅を広げる動きへシフトしていったことがイメチェンのきっかけだったようです。

それまではバラエティ番組を中心に活動していましたが、本当は歌手なのでもっとスキルを上げなくてはと思い、シフトチェンジの期間として舞台のお仕事で歌を鍛えたり、自主企画のライヴで衣装をデザインして縫製したりしてスキルアップしていったようです。

「お茶の間では休んでいたと思われる方もいらっしゃいますが、だんだんとナレーションなど声にたずさわるお仕事や、NHKの“真面目”な番組ですとか、自分自身の変化を楽しめる挑戦が増えていったんです」と、自らの幅を広げるための選択の時期だったと説明しました。

そんな篠原ともえさん、なかなか結婚ができないようですが、以前番組で隠し撮りをされ、その原因を分析されていました。

篠原ともえが結婚できない理由

2018年1月31日放送の「良かれと思って!」(フジテレビ系)で、タレントの篠原ともえさんが結婚できない理由が明らかになりました。番組では「独身女性芸能人 結婚できない理由 関係者が密告」という特集に篠原ともえさんが登場しました。


現在、38歳になる篠原ともえさんは「名字がかっこいい方」が理想らしく、プロフィギュアスケートの羽生結弦選手やタレントの具志堅用高氏に憧れているそうです。具志堅用高氏と結婚して「具志堅ともえ」になることを想像すると「ゾクゾクしちゃう」そうです。

一方で、篠原ともえさんの専属メークいわく、篠原ともえさんは初対面の男性に異常なほど壁を作ると暴露しました。そこで番組は、篠原ともえさんと友人の飲み会に仕掛け人として初対面の男性を派遣し、篠原ともえさんの反応を隠し撮りしたVTRを放送しました。

篠原ともえさんは、女友達と飲んでいるときは楽しんでいましたが、男性が登場した途端にテンションが下がっていました。

女友達が退席して男性とふたりきりなったときです。男性が住んでいる場所の話題を切り出しましたが、篠原ともえさんは「関東圏」だとしか明かしませんでした。好みのタイプを聞かれても、なぜか罪悪感を抱き始め、ついには「毎回お会いする方に出会ってすぐそんなことを(聞くのか)」と、男性に説教をしてしまったのでした。

男性が去った後、篠原ともえさんは女友達に「こうやってチャンス逃してるのかな?」などと漏らし、落ち込んだ様子になっていました。

VTRを見たお笑い芸人の劇団ひとりさんは「(篠原は)恋に恋してるような状態」などと指摘し、篠原ともえさんに思いを寄せている男性が同じ対応をされたら「もう立ち直れない」と苦言を呈していました。

参考:http://news.livedoor.com/article/detail/14240133/

二人っきりになった瞬間に篠原ともえさんの表情から笑顔が消え、会話も急にぎこちなくなりました。あからさまに態度に出ていて、観てる方が爆笑する程、全然態度が違っていました。男性が卒ない質問で会話を持たせようとも、会話が終了してしまうような答え方と、雰囲気は、これはさすがにアウトでしょ、というくらいだったので、もう少し、大人の対応をした方が、篠原ともえさんのイメージの為にも良いのかな、とも思いました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

あの前髪ぱっつんで少々言動が飛んでいた篠原ともえさんが、大人の女性にイメージチェンジした理由を調べてみました。レギュラー番組の終了を機に活動の幅を広げる動きへシフトしていったことがイメチェンのきっかけだったようです。

多趣味で様々なことにチャレンジされている篠原ともえさん。今後の活躍に注目ですね。

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