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フリーアナウンサーの小島慶子が「ADHD」と診断!どんな病気?

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フリーアナウンサーの小島慶子さんが共働き情報サイト「日経DUAL」で、自身が軽度のADHD(注意欠如・多動性障害)であることを公表した記事をツイッターに添付しました。多くの人から炎上を心配されたことを明かし「そんな心配をしなくてもいいようになるといいなと思います」と改めてつぶやいたのでした。

そんな小島慶子さんが診断された「ADHD」とはどんな病気なのか調べてみました。

小島慶子プロフィール

  • 生年月日:1972年7月27日(46歳)
  • 出身地:オーストラリア
  • 身長:172cm
  • 血液型:B型
  • 職業:タレント、エッセイスト
  • 配偶者:あり
  • 所属事務所:オスカープロモーション

小島慶子略歴

オーストラリアのパースで出生したのち、父親の仕事の都合で、7歳のころはシンガポールに、8歳から9歳のころは中国返還前の香港と日本国外で暮らす。のち日本に帰国、日野市立三沢台小学校、学習院女子中・高等科へ進学。15歳のとき過食嘔吐を繰り返し、摂食障害を経験した。学習院大学法学部政治学科卒業後、1995年4月、TBSにアナウンサー30期生として入社。TBS現・TBS放送センター建て替え移転後の最初のアナウンサーにあたる。

身長は172cmと女性アナウンサーとしては高いことから、後輩の小倉弘子とともに「TBSのツインタワー」といわれることがあった

新人のころ、写真週刊誌『FLASH』(光文社刊、1995年10月10日号)のインタビューで「若いうちはバラエティーに、将来は報道を担当したい」と語っていた。入社3年目(1997年11月)に番組宣伝がきっかけで『日立 世界・ふしぎ発見!』のミステリーハンターを務めた。

入社4年目(1998年)の秋、ラジオ番組『BATTLE TALK RADIO アクセス』の初代ナビゲーターになった。1999年に第36回ギャラクシー賞DJパーソナリティー部門賞を受賞している

30歳で長男出産。産休が明けた後、『ニュースフロント』、『時事放談』と主に報道番組を担当する。33歳で次男出産。産休が明けた後の2006年10月に、ラジオのレギュラー番組『久米宏 ラジオなんですけど』が始まる。

2009年3月末より『小島慶子 キラ☆キラ』のメインパーソナリティーに就く。

2010年4月3日にTBSを退社。10年前から独立を意識しており、幅広い分野で自らの可能性を追いたいと周囲に述べていたという。4月28日の自身の番組内でこの報道を認めて、6月30日をもって退社する旨を告げた。退社後はキャスト・プラスに所属する

2013年8月1日、キャスト・プラスからオスカープロモーションに移籍。テレビ制作会社勤務の夫が退職したのを機に、オーストラリアのパースに移住

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B3%B6%E6%85%B6%E5%AD%90

小島慶子がADHDと診断!

小島慶子さんは7月2日に投稿した記事を改めてツイッターに添付しています。その記事は「40過ぎてADHDと診断され自分知った」というタイトルで投稿され、小島慶子さんご自身が40歳を過ぎてから不安障害の主治医から軽度のADHDであると診断されたことを明かし「もっと早く知りたかったよ!」と当時の心境もつづっています。

小島慶子さんは記事の中で「幼い頃から、ひねくれ者とか育てにくいとか癇が強いとかわがままとか、姉からは小島家の失敗作とまで言われて、ずっと自分を責めてきた」と幼い頃の思いも吐露しました。「診断されて、ようやく肩の荷が下りた気がした。そして初めて自分の特徴を…何をしても悪目立ちしてしまうこの無様な振るまいを受け入れることができた」と、気持ちが楽になったことを明かしています。

そして“普通ではない子”を抱える親たちへ「普通と違うことは、世界の終わりではない」と呼び掛けています。

小島慶子さんは3日、改めてこの記事を添付し「この記事に多くの温かいお声を頂いたのだけど、中には『炎上しなかった?』『偏見が怖くないの?』という人も。その発想はなかった!」と、負の反応が広がることは一切考えなかったと告白。「そんな心配をしなくてもいいようになるといいなと思います」と、実感を込めてつぶやいていました。

参考:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181105-00000074-dal-ent

そんな小島慶子さんが診断されたADHDとはどういう病気なのでしょうか?

小島慶子が診断されたADHDとはどんな病気?

ADHDとは?

大人のADHDといっても、大人になってから初めて出現するものではありません。不注意、多動性、衝動性という3つの症状に、子どもの頃からずっと悩まされており、多くの人は自分なりの工夫や対策を考えて努力していますが、それにもかかわらず、状況が改善せず大人になり、うまく生活することができず困っているのです。

ADHDの症状は?

ADHDは、以下の3つの症状が特徴的です。

不注意

集中力が続かない、気が散りやすい、忘れっぽい

多動性

じっとしていることが苦手で、落ち着かない

衝動性

思いついた行動について、行ってもよいか考える前に行動してしまう

これらの症状のあらわれ方は人によってさまざまですが、そのあらわれ方の違いから「不注意が目立つ状態」、「多動性・衝動性が目立つ状態」、「混合した状態」の3つに分けられます。
3つの症状があっても必ずADHDというわけではありませんが、これらの症状のために、周りの人からトラブルメーカーだと思われてしまったり、お子さんや家族、友達の誰かがいつも困っているならば、ADHDという障害の可能性があります。

ADHDの原因は?

ADHDの症状には、自分の注意や行動をコントロールする脳の働き(実行機能)のかたよりが関係していると考えられていますが、詳しい原因はまだわかっていません。

前頭前野の脳のはたらきに偏りがある?

一般的に、ADHDでは中枢神経系になんらかの機能障害があると考えられています。
中枢神経系とは脳と脊髄を中心にした神経のことを指し、体の各部分から伝えられるさまざまな刺激の強さや種類などを分析して判断し、刺激をどう処理すればよいかを体の各部分に伝えています。
ADHDでは脳の神経伝達物質(脳内の神経細胞の間で情報をやりとりする物質)であるドパミンやノルアドレナリンの働きが不足気味であることがわかっており、これらの神経伝達物質の機能が十分に発揮されないために、不注意や多動性があらわれるのではないかと考えられています。
また、実行機能は前頭前野と呼ばれる大脳の一部で調節されていますが、ADHDでは前頭前野を含む脳の働きにかたよりがあるとも考えられています。

遺伝的要素や心理社会的要因も?

遺伝的素因、心理社会的要因(環境要因)の関連も報告されており、これらの相互作用によりADHDの状態像が完成していくとする考え方もあります。
人の行動は(1)素因、(2)これまでの生育環境、(3)現在の生活環境の3つによって決まってきます。
今あらわれている行動は、これら3つの要素の絡み合った結果です。問題となる行動があっても、核にあたる素因の部分は実は小さく、これまでの生育環境や現在の生活環境で増幅されていることがよくあります。

これは「しつけに問題がある」、「子育てに原因がある」ということではありません。
素因があると、普通に子育てをしていても核の部分以上に増幅して目につきやすくなってしまうことがあるのです。この素因の正体がADHDなのです。

参考:https://adhd.co.jp/kodomo/about_adhd/

ADHDの治療法は?

大人のADHDの方への治療法は、適切な行動を取れるようにするための「心理社会的アプローチ」に加えて、必要に応じて、注意集中力の改善や衝動性、 多動性のコントロールを目的に行う「薬物治療」を組み合わせて行われます。

心理社会的アプローチ

医師やカンセラーの指導のもと、ADHDの方自身が自分の特性を理解し、生活環境や人間関係を改善する工夫を行います。生活のリズムを作ったり、いつ何をするかといったスケジュールを決めることで、セルフコントロールがしやすくなります。

社会で快く受け入れられる行動、態度とはどのようなものか理解し、適切な行動をとることができるように、対人関係の技能や社会のルール、マナーを学ぶソーシャル・スキル・トレーニングや認知行動療法を行います。また、医師と本人との定期的な面接や、家族も含めた家族療法などもあります。ADHDの方が集まる自助グループにおける集団精神療法では、意欲を持続させるための方法や目標を達成するための枠組みについて話しあったりします。

薬物療法

ADHDの治療において、薬物療法は症状のコントロールに効果的で、本人の行動や思考、学習に対する姿勢や人とのかかわり方などに変化があらわれてきます。行動療法や心理療法などの「心理社会的アプローチ」を進めるうえでも、薬物療法を同時に行うことは非常に有用です。お薬の力を利用してADHDの主な症状をコントロールしながら、日常生活における適応能力の支援や「心理社会的アプローチ」に取り組み、問題となる行動を一つ一つ改善していくことが重要です。

ADHDの方の中には、ADHD治療薬で効果が認められないことがあります。効果がみられない場合には、症状にあわせて、気分安定剤、抗精神病薬、抗うつ薬などが用いられます。気分安定薬や抗精神病薬は、興奮や混乱状態、反抗的言動や衝動性を改善するために用いられることがあり、抗うつ薬は、特に不安とうつ症状を合併している場合に用いられることがあります。
これらのお薬も、ADHD治療薬と同様に医師の指示に従って正しく服用することが重要です。

そんなADHDですが、有名人もADHDだった人がいます。

ADHDの有名人とは?

発明王トーマス・エジソン

その生涯において1300もの発明を成し遂げた偉大な発明家エジソンも、ADHDを抱えていたといわれています。興味の対象がめまぐるしく変わり、何でも知りたがった幼少の頃のエジソンの気質は、まさにADHDの特徴そのものです。彼の特異な才能を信じたエジソンの母親は、学校の先生に代わって自ら彼の教育を手がけました。
興味を持ったことを自由に調べさせた母親の教育方針はADHDの子どもの長所を発揮させ、個性を伸ばす方法として非常に示唆的です。12歳から働き出したエジソンは何度も職を替えたといいます。やがて発明家となったエジソンは、常にいくつもの発明プロジェクトを同時並行に進行させ、1つのプロジェクトに飽きたり行き詰まったりすると次の発明プロジェクトに移っていたといいます。ADHDの特徴を上手に活かし、創造的な仕事へと昇華させたエピソードといえるでしょう。

参考:参考:トム・ハートマン著:ADD/ADHDという才能.(株)VOICE, P187〜188/VOICE

偉大な政治家ベンジャミン・フランクリン

政治家としての金字塔を打ち立てたフランクリン。その生涯において出版・印刷業者、郵便局長、発明家、科学者とさまざまな職をわたり業績をあげてきた彼の生き様はADHDの特徴に通じるところがあります。
幼少の頃のフランクリンは授業に集中することができず、担任の教師を困らせていたといいます。問題行動で職を追われ無一文となった彼は後先を顧みず渡英し、出版・印刷業で大成功を収めます。しかし、それに飽き足らないフランクリンは公共事業にもかかわり、多くの足跡を残しました。隠居後も発明に乗り出し、前開き式鉄製ストーブを発明し、また、科学理論を証明してニュートンやアインシュタインが名を連ねる英国王立学士院の会員に選ばれます。その後、政治家に転身したフランクリンの活躍が歴史にその名を刻んだことは周知のとおりです。
1つのことにとらわれず多方面に貪欲な興味を抱き、驚くべき行動力で偉業を成し遂げたその半生にフランクリンのADHD的な気質が見え隠れしています。

参考:参考:トム・ハートマン著:ADD/ADHDという才能.(株)VOICE, P189〜192

明治維新のヒーロー坂本 龍馬

今なお熱狂的に愛される幕末の維新志士「坂本龍馬」。龍馬はのちに土佐藩を脱藩し、勝海舟の門人となり海軍操練所の設立や日本初の商社といわれる亀山社中の結成など、幕末期に勢力的に活躍を遂げました。そして薩長同盟の斡旋、大政奉還の成立に尽力するなど倒幕および明治維新に影響を与え、現代でも維新の英雄として語りつがれています。しかし、龍馬の少年期は決してヒーロー然としたものではありませんでした。
少年時代の龍馬は、臆病で意気地がなく暗愚でうまく話すことができませんでした。そのため、周囲からいつもいじめられていました。また、行動は落ち着きがなく、協調性に欠ける一面もあり、ADHDを抱えていたといわれています。しかし、3歳上の姉・乙女から剣術、手裏剣、馬術などを叩き込まれ、体力も向上し、江戸での剣術修行をするまでになり、その後の活躍につながりました。
龍馬の最期は近江屋での暗殺でしたが、その前年にも寺田屋で襲撃されています。そのため、「刺客を避けて薩摩屋敷に潜んでいろ」という忠告があったにも関わらず、暗殺されてしまったことは、一つの場所にじっとしていられず衝動的な行動をとってしまうADHDたる所以なのかもしれません。

参考:幕末☆保健委員会著、酒井シヅ監修:幕末志士の死亡診断書.(株)エクスナレッジ, P16〜19

第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディ

史上最年少でアメリカ合衆国大統領に就任したジョン・F・ケネディは、就任時からアメリカ国民に期待され、現在に至るまでアメリカ人の好きな大統領ランキングの上位に常にランクされています。
ピッグス湾事件、キューバ危機、ベルリンの壁の建設、米ソの宇宙開発競争など多くの歴史的事件に取り組むも、1963年にテキサス州ダラスでのパレード中に暗殺され、46歳という若さで幕を閉じました。
ケネディは、腰痛や内分泌疾患など様々な健康問題に加え、ADHDも患っていたといわれています。ケネディは、学習障害の中でも文字を書くことに困難を示す書字障害があり、字が乱雑な上にスペルミスが多く、学業成績は振いませんでした。劣等生ではありましたが、高校時代に水泳選手としての活躍が認められ、ハーバード大学に入学しました。学生時代の成績は振いませんでしたが、ケネディには類い稀なる行動力がありました。大学卒業後に軍隊に入隊し、海軍中尉として魚雷艇の隊長を務めました。魚雷艇指揮中に、日本海軍の駆逐艦と衝突し、ソロモン沖を漂流し、2人の部下を失ってしまったものの、残りの部下を率いて近くの島まで泳ぎ渡り、一命を取り留めることができました。この英雄的行動に対して勲章が送られ、この英雄譚は全米に広まりました。その後、下院議員に立候補し、政治家としての人生がスタートしました。

参考:岡田尊司著:働く人のための精神医学.(株)PHP史研究所, P62

発達障害の一つであるADHD(注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害)の人には、特異な能力や才能をもっている人が少なくありません。ADHDを抱えながらも実社会で偉業を成し遂げた著名人もたくさんいることが分かりますね。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

フリーアナウンサーの小島慶子さんがかかった病気である「ADHD」はどんな病気かについて調べてみました!

小島慶子さんは軽度のADHDを診断を受けたようですが、今までの自分の行動や言動に納得がいったようで、病気に対しては前向きでした。

今後も小島慶子さんの活躍を応援したいと思います。

稲垣吾郎の女性のタイプの記事はこちら

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